2021年も瀬を迎え、新しいスマートフォンの発表も減るこのシーズンですが、今年は違っていました。シャープが2021年12月6日、スマートフォン新機種「AQUOS wish」を発表したのです。
AQUOS wishは、従来のシャープのスマートフォンシリーズ「R」「zero」「sense」とは異なる、新たな位置付けのシリーズになるとのこと。具体的にはAQUOS senseシリーズのさらに下のローエンドという位置付けとなり、コンシューマー向けに販売するKDDIからの価格は明らかにされていないものの、AQUOS senseシリーズより安価に設定されることが予想されます。
ローエンドということもあって画面サイズは5.7インチと小型で解像度もHD+ですし、チップセットも「AQUOS sense6」が搭載していた「Snapdragon 690 5G」より下のクラスとなる「Snapdragon 480 5G」。背面のカメラも1300万画素のものが1つのみとシンプル。カメラアプリにはローエンド向けのAndroid「Android Go」向けに提供されている軽量版の「Camera Go」を採用するなど、低コスト化を強く意識した内容であることが分かります。
ですがAQUOS wishは、筐体の35%に再生プラスチックを用いていたり、箱を小さくして紙の使用量を減らしたりするなどして環境への配慮を強く意識しているほか、本体カラーやデザインも年齢や性別を問わないものを選ぶなど、昨今注目されているサステナビリティやSDGsなどを意識したエシカルさを大きな特徴として打ち出しているようです。
単にローエンドで低価格という以外の要素を取り入れることで、差異化を図ろうとしている様子を見て取ることができるでしょう。
ただシャープといえばここ数年来、AQUSO senseの販売が非常に好調で、それが国内Androidスマートフォン出荷台数シェアで4年連続1位を獲得する原動力となっていたはずです。にもかかかわらずそのシャープが、AQUOS senseよりさらに安い新機種を、しかも春商戦を迎える前の年末というタイミングで打ち出す様子からは、AQUOS wishを急いで投入しようとしている“焦り”も感じられます。
その背景を考えると、浮かんでくるのは2021年のスマートフォン市場における裏テーマともいえる、ローエンドスマートフォン市場の急拡大にあります。2021年はシャープの「AQUOS R6」をはじめとした1インチセンサー搭載スマートフォンが話題となるなど、高額ながらも各社の技術の粋をつぎ込んで独自性を強く打ち出したフラッグシップモデルが大きな注目を集めた年でしたが、その一方で急速に人気を拡大していたのがローエンドのスマートフォンなのです。
実際2021年2月には、ソフトバンクがシャオミ製の「Redmi Note 9T」を販売、5G対応で大画面、なおかつFeliCaにも対応しながら、税抜きで2万円を切る低価格を実現したことで注目を集めました。ですが2万円前後の低価格を実現するローエンドモデルに力を注いでいたのは、むしろ国内メーカーです。
中でも人気となっていたのが、NTTドコモが販売したソニー製の「Xperia Ace II」です。Xperia Ace IIは5Gに非対応で性能は決して高いとは言えませんが、5.5インチのコンパクトなサイズ感に加え、4500mAhのバッテリーを搭載するなど安心して利用できる性能に力を注ぎ、なおかつドコモオンラインショップで2万2000円という低価格を実現。通信契約に紐づく値引きを最大限適用し、実質1円で販売するドコモショップも多く見られました。
従来Xperiaシリーズは高額なフラッグシップモデルが主体でしたが、2021年はミドルクラスの「Xpeira 10 III」の好調に加え、より低価格のXperia Ace IIの販売が絶好調だったことからソニーの国内スマートフォン出荷台数シェアは急拡大。
MM総研が2021年11月11日に発表した、2021年度上期の国内スマートフォン出荷台数シェアでは、ソニーがシャープを抜いてアップルに続く2位、Androidスマートフォンでは首位に浮上しているのです。
そしてこのソニーの躍進ぶりからは、低価格を求めるユーザーのニーズが3〜5万円のミドルクラスから、2万円台のローエンドに移ってきている様子がうかがえます。その背景にあるのは政府の値引き規制ですが、もう1つ大きく影響しているのが、携帯各社が3Gサービス終了を見据えて3Gの利用者を4Gや5Gに移行させる「巻き取り」を加速していることです。
中でもAQUOS wishを扱うKDDIは2022年3月末で3Gを終了させる予定ですし、NTTドコモやソフトバンクも終了までの年数があまりないこともあって、巻き取りを急ピッチで進めている様子がうかがえます。そして巻き取りの対象ユーザーは端末の買い換えに対する関心があまり高くないシニアが多いと見られ、低価格ながらも性能より信頼性や安心感が求を傾向が強いことから、ブランド面での安心感や高耐久性等などに強みを持つ国内メーカーに優位性があるのです。
ソニーがXperia Ace IIを投入したのも巻き取り需要を強く意識したものといえるでしょうし、FCNTも2万円台の「arrows We」を大手3社に供給するなど、ここ最近巻き取り需要を意識したローエンドモデルに力を注いでいます。またKDDIの大株主である京セラが、KDDIの競合に当たるNTTドコモに、初となるシニア向けスマートフォン「あんしんスマホ」の供給を発表したというのも、巻き取り需要を狙った象徴的な動きといえます。
一方でシャープは、AQUOS senseより下のラインアップをこれまで持っていなかったのに加え、最新のAQUOS sense6は最も高いNTTドコモ版で6万円近い値付けとなるなど、低価格を求める人達のニーズからずれが生じつつありました。
巻き取り需要の急拡大で低価格端末のニーズが大幅に高まっている現状、AQUOS senseシリーズだけで国内Androidスマートフォン出荷台数シェア1位を維持するのは難しいという危機感につながり、AQUOS wishシリーズを急いで投入するに至ったといえるのではないでしょうか。
さらに今後を見据えた場合、政府が値引き規制を緩める様子が全くないこと、そしてコロナ禍での景気回復がなかなか進んでいないことから、ローエンドモデルのニーズは一層高まることが予想されます。最近のローエンドモデルは少し前のミドルクラスぐらいの性能を持つことから、「これで十分」と感じる人は今後増えてくるかもしれません。
それだけに2022年は巻き取り需要の獲得に加え、Redmi Note 9Tのように低価格ながらもハイエンドに似た特徴を持つモデルを求める需要を獲得する形でローエンドスマートフォンを選ぶ人が増え、ミドルクラスの需要を浸食していくことが予想されます。一方で利益の少ないローエンド市場の拡大は、端末メーカーの利益を減らす体力勝負の競争が一層加速しかねないだけに、不安もあるというのも正直な所です。
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