本稿はベンチャーキャピタル、ALL STAR SAAS FUNDが運営するサイトに掲載された記事からの一部を転載したもの。全文はこちらから読める。同社のメルマガ「ALL STAR SAAS NEWSLETTER」と出資先のスタートアップ転職に関するキャリア相談も受付中
お客様が共感できるブランドを作ること、そして競合他社と同じ土俵に乗らないためのポジショニングをとることは、成長を続けるSaaS企業に必要不可欠となっています。
そのための施策の一つが、新しい「カテゴリ」を世の中に提示し、あなたが展開するSaaSによって広めていくことにあります。たとえば、「カスタマーサクセス」という職業や肩書きは、現在でこそSaaSにも欠かせない存在ですが、誰かがこのカテゴリを定義したからこそ価値を再定義されていったのです。
そんな「カスタマーサクセス」というカテゴリを普及させた元GainsightのCMO、現HopinのCMOであるAnthony Kennadaさんを「ALL STAR SAAS CONFERENCE TOKYO 2021」にお招きし、前田ヒロが「カテゴリの創り方」をテーマにディスカッションしました。
AnthonyさんがCMOを務めるHopinは、バーチャルイベントとデジタルエクスペリエンスのリーディングカンパニーとして、オールインワンのイベント管理プラットフォームを展開しています。AnthonyさんはBox、LiveOffice、Symantecに勤務した経歴のほか、エンタープライズ・ソフトウェア・スタートアップへのインベスター、アドバイザー、ボードメンバーとしてもグローバルに活躍している一人です。
ARR1億ドルを超えたHopinでも発揮される彼の経験について、さまざまな知見をいただいたセッションの内容より、抜粋・編集して記事化しました。
ビジネスを前進させるカテゴリ・クリエイションの力
前田:まずはB2B SaaSで、なぜカテゴリ・クリエイションが重要なのか。そこからお考えを聞かせていただけますか。
Anthony:カテゴリ・クリエイションはシリコンバレーの中で、そしてソフトウェアの世界で、話題になった言葉だと思います。それには理由があって、顧客、チームメイト、投資家が、既存のカテゴリをディスラプトするのではなく、新しいカテゴリを創る企業こそが、より多くの価値を段階的に生み出せると考えているからです。
前田:カテゴリ・クリエイションを担う企業に傾向はありますか?
Anthony:顧客の職業やサクセスを後ろから支えるような企業が多いですね。投資家からの視点としては『ハーバード・ビジネス・レビュー』の記事に素晴らしい記述がありました。「カテゴリを創造し、そのカテゴリを支配することができた企業は、時価総額、潜在的な利益、そして全体的な収益成長の面で、はるかに高いリターンを得ることができる」と。
もっとも現実的には、多くの企業にとって、新しいカテゴリを創るのはコストも時間もかかるので非常に難しいことです。ただ、カテゴリを創ることが、ビジネスを前進させる唯一の道となるケースもあるのです。
前田:カテゴリを創るべきか、または挑戦者でいるべきか。企業はどのように判断すべきでしょうか?
Anthony:一部の企業では、典型的なディスラプション・モデルが通用しない場合がありますから、早期に検討を始めなくてはいけません。シグナルは、市場にいる人々が課題を理解していない状況にあることです。
だから企業は、根本的にペインを感じている小さなグループに対して、「これは本当に課題なのか?」と聞いてみなくてはなりません。きっと、その課題やカテゴリはメディアでは取り上げられてもいないはずですし、成功している既存ベンダーもいないことでしょう。あるいは、築こうとしているバリューには競合企業が全く存在しないかもしれません。
そういった場合は、他の企業にはできないブルーオーシャン的なアプローチを取らなくてはいけない。これこそ「カテゴリを創るべき」という初期のシグナルになるでしょう。もし自分でカテゴリを創らず、その分野に競合もいて、すでにメディアの話題になって、広く理解されている課題であるならば、わざわざカテゴリを創る必要はないでしょうから。
はるかに良い道がすでにあって、次々とディスラプトしていけるなら、あなたは挑戦者のポジションを取るべきです。
投資の成果が出るのは、どれほど早くても半年かかる
前田:では、「カテゴリを創る」と考えた時、創業者や経営メンバーは、どんなことを検討すべきでしょうか。マーケットサイズなのか、カテゴリの成長率なのか……。
Anthony:起業してすぐのフェーズや大きな局面を迎えている時ほど、リーダー間や取締役メンバー間との団結が必要です。カテゴリを創るか否かという決定は、どのように資金調達を行うのかという点にも、大きな影響を与えてきます。
たとえば、Gainsightで最初に業界カンファレンスを主催した時には20名のメンバーがいたのですが、このイベントには総額30万ドルを費やしました。当時からすれば、とんでもないアイデアです。ただ結果として、業界カンファレンスを主催したことは、私たちが新しいカテゴリを創るための記録的かつ決定的瞬間になったんです。
でも、あなたの会社がまだ初期のフェーズだとして、創業者にマーケターが「イベントに30万ドルを費やしたい」と単に言ってきたら……そのアイデアは採用すべきではないでしょう。慎重に考えなくてはいけません。だからこそ、団結が必要なんです。
「カテゴリを創るために、早い段階で投資したいんだ。取締役メンバーにとってはリスクが伴うけれど、新しいカテゴリを創ること、自分たちが責任を持って取り組もうとしていることを理解してもらい、サポートをお願いしたい」
といった想いを伝えるためにも、CEOやCMOとの団結は欠かせません。実際の行動へ移すためにも、予算を計画に組み込んでもらわなくてはならないのです。
そういったコンテンツマーケティングにおいては、「投資」の要素も多く含まれます。オーガニック検索が最たるものですよね。成熟には時間がかかりますし、長期戦となることも厭いません。
過去の例を挙げれば、「カスタマーサクセス」の浸透がそうです。数年かけてカンファレンスを主催し、ブログ記事を配信し、私たちが真実味を語り、市場をリードしていることを立証していった結果として、「Gainsightはこのカテゴリを確立させたリーディングカンパニーだ」と言われるまでになれました。
前田:カテゴリを浸透させるために大切なことは何ですか?
Anthony:スタートアップのマーケターとしての自分からすると、カテゴリを創る上で「名前」はとても重要だと思います。なぜなら、そのカテゴリをコミュニティ化して、支持してもらえるように感じさせなくてはいけないからです。
そこでGainsightでは「肩書き」を創ることから始めました。カスタマーサクセスという業界はそれまで存在しなかったのに、カスタマーサクセス・マネージャーという仕事はすでに機能としてはあったのです。
前田:なるほど。時間について、「そこには何かある」と可能性を感じ始めるまでには、どのくらいを要すると思いますか。
Anthony:コンテンツマーケティングやソートリーダーシップ・プログラムの取り組みが実を結ぶまでには、私の考えでは少なくとも6ヶ月から12ヶ月が必要だと思います。
Hopinのチャートでオーガニックなトラフィックの成長などを見てみると、取り組みを始めてから約6ヶ月経っています。つまり、半年前に行ったコンテンツ投資が、今やっと結果が現れ始めている。
HopinはGainsightと違い、ビジネスの観点では成熟した環境でスタートしています。Hopinは初期フェーズではなく、シリーズDの会社です。私たちはたくさんの資金調達を実施してきて、ARRもほぼ1億ドル。出発点がこれだけ違っても、ブランドの構築やコミュニティエンゲージメントといったプログラムの成長には6〜12ヶ月はかかっているわけですから。
市場教育におけるソートリーダーシップに根ざした会話を
前田:CMOとしてのお考えも聞かせてください。企業の初期フェーズでカテゴリ・クリエイションを行うことは難しすぎるのでしょうか。
Anthony:新しいカテゴリを創る場合、誰も気づいていなかった課題を定義し、解決するために、マーケティングに大量のエネルギーを費やすことになります。
以前はタクシーやハイヤーを呼ぶ時には電話で予約をしていましたよね。スマホをタップするだけで配車できるなんて、誰も思いつきませんでした。見知らぬ人の車に乗り込むことも。だから、ライドシェアのようなユースケースを実現するには、どのような課題やチャンスがあるのかを整理するために、まずは多くの時間を費やさなくてはなりませんでした。
もし、市場をディスラプトしようとするのであれば、Uberなどを観察して、より優れたプロダクトを提供すれば良いんです。それでも、なぜ自分たちのプロダクトが優れているのか、どんな機能の差別化があるのかを説明する時間は必要です。
なので、カテゴリを創るにしても、そうしないとしても、基本的な構成要素は最終的には同じになるでしょう。エンタープライズ向けB2Bソフトウェアにおける現代のマーケティング手法としては、ブランドを確立させるために時間を費やすことは当たり前です。コンテンツマーケティングエンジンを構築したり、イベントを開催したりね。
単なるプロダクトマーケティングやポジショニングだけを目的とせず、市場教育におけるソートリーダーシップに根ざした会話をするんです。これは、重要なことです。こうした取り組みによってコミュニティを活性化させながら、成長、発展させていき、あなたが構築しているたくさんの要素を検証していく。
これがB2Bマーケティングの新しいプレイブックになっていくわけです。長い間、クリック数や開封率ばかりが注目されてきましたが、カテゴリを創るにしても、ディスラプトするにしても、ブランドの構築とコミュニティエンゲージメントに必要な戦術は変わりません。
ペルソナに語りかけ、共感を得ていく
前田:初期フェーズの企業はどういったフレームワークを使って、コミュニティやブランドを構築すれば良いのでしょうか。
Anthony:カテゴリ・クリエイションにおいて「コミュニティの存在」は全ての中心となります。まず、始まりにあるのはペルソナです。多くの場合、ペルソナの重要性は社会的にきちんと理解されていなかったり、過小評価されたりしてしまっています。
カテゴリ・クリエイションのコアなパートは、そのペルソナに対して、他社がこれまで見つけられていない課題を見つけ、伝えることです。すると、「これこそ自分が困っていたことだ」というペルソナに出会えます。そこには否定的な意見も多く出てきます。「長年取り組んでいることだし、新しいソリューションは必要ないよ」とかね。
メッセージに共感してくれる見込み客やコミュニティメンバーを探す旅は孤独なものです。しかし、メンバーが見つかれば、彼らは課題をまさに自分たちで解決しようとしているわけですから、あなたのメッセージを理解してくれようともするのです。Podcastを聞いたり、ブログ記事を読んだりする中で、「このブランドは自分に語りかけてくれている。私がまさに直面している問題を理解しているんだ」と声にし始めるのです。
でも、そんなふうに話してくれる彼らの周りには、それを受け入れてくれる人があまりいません。だからこそ、カテゴリクリエイターや、それを志すブランドには、これらの人々をまとめるチャンスがあるんです。非同期型のコミュニティの構築という観点でネットワークを広げたり、お互いのベストプラクティスを教え合うなど情報交換の機会をつくることができます。バーチャルでもリアルでも、オンラインでもオフラインでも構いません。
そして最終的には、この新しいコミュニティで彼ら自身がキャリアを築いていくのです。自分がそのコミュニティに属する人たちを集められる側になれたら、とてもパワフルな推進力が生まれます。なぜなら、あなたはこの新しいムーブメントや新しいメンタリティを信じる人たちの中心となれるからです。コミュニティは、あなたが作り出した波を、前へ前へと広げていく追い風になってくれます。
ただ、ここで誤解してしまいがちなこととして、カテゴリを創るのは企業ではなく顧客であることを忘れずに。そのカテゴリが本物であることを提唱したり、立証したりしていくだけでなく、あなたがそれをリードしていく会社だと主張することも、ブランドとしてのあなたの仕事です。
BRIDGE編集部註:この後の『これがB2Bマーケティングの「ニューノーマル」』などの続きはこちらから。
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