ILLUSTRATION BY NICK BURTON
HELSINKI
これまでの伝統から、ヘルシンキのスタートアップシーンは持続可能性に重点を置いたものが主流となっている。
フィンランドは2020年にテック系スタートアップへの投資を増やした数少ない欧州国家のひとつであり、アトミコ社の『State of European Tech(欧州テック情勢)』レポートによると、ヘルシンキとその近隣のエスポーが主要なテックハブとなっている。
同国のいまのエコシステムは、ロヴィオ(Rovio)や過去に大きな成功を収めたスーパーセル(Supercell)などといったゲーム会社、ならびに最近フードデリヴァリー・サーヴィスとして急成長したウォルト(Wolt)などを中心に成り立っている。「成功は成功を呼ぶ」と語るのはスーパーセルを共同創業したCEOのイルッカ・パーナネンだ。パーナネンは、フィンランドはスタートアップを始めるのに「世界最高の場所」だと信じて疑わない。世界の才能たちが生活水準の高いこの国の魅力に気づきはじめたからだ。21年に注目されているスタートアップは幅広い分野にまたがっているが、その多くは持続可能性に注目している。
IQM
アールト大学とフィンランドVTT技術研究センターのスピンアウトとして設立されたIQMは、超電導技術を用いて量子コンピューティング・ハードウェアを製造している。ヨーロッパ量子コンピューティング分野の最大手の地位を築き、将来的には米国のグーグルや中国のファーウェイ(華為技術)に肩を並べる存在になることを目指している。
迅速に同分野をリードする立場を占めるために、IQMはプロセッサーを特定の用途向けに製造するアプローチを選び、これを「コ・デザイン」と名付けた。同社を共同創業し、CEOを務めるヤン・ゲッツによると、商用アプリケーションの第1弾として、新素材の開発や財務アルゴリズムなどといった「比較的簡単な」ターゲットに焦点を絞ったそうだ。「そこから一歩ずつ新しい市場を開拓していって、最後にはあらゆる種類の問題も解決できる汎用マシンをつくるつもりです」とゲッツは言う。18年に創業したIQMは、民間および公的機関から7,100万ユーロ(約90億円)を調達した。 meetiqm.com
グッベ(Gubbe)
パンデミックの影響で高齢者の訪問が不可欠なビジネスは苦境に陥った。しかし、グッベを創業したメリ=トゥーリ・ラークソネンとサンドラ・ロウナマーは、コロナ禍を通じて、高齢者に寄り添うことが彼ら/彼女らの幸福にとっていかに重要かが改めて浮き彫りになったと考えている。
18年に創業されたグッベは高齢者の家族を訪問して家事などを手伝う学生と、そのような助けを必要とする人々を結びつける。「初めから、わたしたちの使命は学生たちに意義のある仕事を紹介し、高齢の方々を幸せにすることにありました」とロウナマーは言う。学生たちには報酬が支払われ、グッベは手数料を徴収する(ロウナマーの説明では、ウォルトと同じような仕組みだが、グッベでは食品ではなく高齢者ケアを届けることになる)。
ラークソネンによると、これまで順調に成長できた要因はブランディングにある。グッベは高齢者ケアを「トレンディ」にすることに成功したのだ。グッベで働く若者たちはソーシャルメディアで自分の仕事を自慢するようになっている。 gubbe.io
インフィニテッド・ファイバー(Infinited Fiber)
インフィニテッド・ファイバーはサーキュラーエコノミー(循環経済)の原則に従って廃棄繊維やその他の廃棄物を集めて、そこからコットンに似た新しい繊維を製造する。共同創業者でCEOのペトリ・アラヴァによると、その仕組みは再利用というよりも、むしろ「regeneration(再生)」と呼ぶのがふさわしいそうだ。
素材を得るために、同社は廃棄物を粉砕して化学薬品で洗浄し、液体セルロースに変換する。そこから新たな繊維を合成して、衣服をつくるのだ。その衣服も生涯を終えれば、また同じサイクルに戻すことができる。16年に活動を開始した同社は、現在新たな旗艦工場の建設に適した場所を探している。H&M、パタゴニア、アディダスなどと手を結んで、環境意識の高い顧客のファッションに対する興味に再び火をつけるつもりだ。「クローゼットに喜びを取り戻したい」とアラヴァは言う。 infinitedfiber.com
フローライト(Flowrite)
フィンランドのシードアクセレーター「キウアス(Kiuas)」のCEOだったころ、アーロ・イソサーリはメールの返信に多くの時間を割かれていた。「たいていの日は、メールを書くのに数時間を費やしていました」。そこでイソサーリは、最近発展のめざましい生成言語モデルに目をつけ、20年9月にカロルス・サリオラを最高技術責任者として迎え入れてフローライトを設立した。OpenAIのGPT-3言語モデルを利用して、箇条書きの原稿をメール用の完全な文章に変換するブラウザー用拡張機能を作成している。 flowrite.com
エンフュース(Enfuce)
エンフュースの共同創業者でCEOのモニカ・リーカマーにとって、ネオバンクをつくるだけでは満足できなかった。リーカマーはIT分野と銀行での経験を活かして、数多くのネオバンクや従来の銀行を相手にした仕事がしたかったのだ。そこで決済サーヴィスを立ち上げることにした。クライアントにはスウェーデンのネオバンク「ロッカー(Rocker)」、デンマークのファイナンステクノロジー会社「プレオ(Pleo)」、スウェーデンの電力会社「St1」などが含まれている。エンフュースが開発した「My Carbon Action」という計算ツールを使えば、ユーザーはトランザクションデータに基づいて自らのカーボンフットプリントを追跡することができる。 enfuce.com
ソーラーフーズ(Solar Foods)
ソーラーフーズの共同創業者でCEOのパシ・ワイニッカは、同社の使命は「食料生産と農業を切り離すことにある」と説明する。VTTのスピンアウトとして17年に創業した同社は発酵作用を利用して微生物からタンパク質を生成する。その結果得られる粉末タンパク質はソレインと呼ばれ、肉の代替品としても、あるいはパンや麺類、あるいは乳製品の材料としても利用できる。ソーラーフーズはおよそ3500万ユーロ(約45億円)を投じて23年までに最初の生産工場を稼働させる計画を立てている。 solarfoods.fi
アイヴェン(Aiven)
4人のソフトウェアエンジニアによって設立されたアイヴェンはクラウドを活用したデータインフラストラクチャーを構築している。開発者はそれを利用することで、背景に意識を奪われることなく、アプリケーションの開発だけに専念できる。現在、1000の顧客とおよそ200人からなるグローバルチームを擁していて、21年前半にはシリーズCラウンドにおいて1億ドル(約110億円)を調達した。今後もオープンソースに投資することが最優先になる、と共同創業者にしてCEOのオスカリ・サーレンマーは語る。 aiven.io
ヴァルヨ(Varjo)
『WIRED』が最も注目するスタートアップのリストの常連とも呼べるヴァルヨは同社の「人間の目の解像度」を誇るヴァーチャル&ミクスドリアリティ・ヘッドセットの最新世代機、VR-3とXR-3の出荷を21年3月に開始した。同社のクライアントにはアウディ、シーメンス、ボーイングなどが名を連ね、16年の設立以来、20年のシリーズCラウンドにおける5400万ドル(約60億円)も含めて、合計1億ドル(約110億円)を超える資金を調達してきた。 varjo.com
スワッピー(Swappie)
イェリ・ヘイノネンとサミ・マルティネンは中古のiPhoneをオンラインで購入しようとして詐欺に遭い、その経験を活かしてスワッピーを創業した。中古のiPhoneをプロの手で再生し、買い手も売り手も安心できるマーケットプレイスを構築すること(そして電子廃棄物の量を減らすこと)が目的だ。20年6月のシリーズBラウンドで4000万ユーロ(約50億円)を調達したことで、フェインランドにおける成功したスタートアップとしての地位を確かなものにした。 swappie.com
スラパック(Sulapac)
スラパックはサスティナブルな代替パッケージを製造することで、プラスチックの廃棄問題に取り組んでいる。製造する品は、使い捨てのストローから美容製品や食品用の豪華なパッケージにいたるまで多岐にわたり、どれも生物分解が可能なため堆肥化に適していて、しかも既存のプラスチック製品用の製造機械でつくることができる。スヴィ・ハイミ、ラウラ・キュレネン、アンティ・パシネンが16年に創業したスラパックは、これまで合計1700万ユーロ(約22億円)を調達した。投資家のリストにはシャネルも名を連ねている。 sulapac.com
原文:WIRED(UK)
『WIRED』日本版が主催する、年に1度の大型オンラインイヴェント「WIRED CONFERENCE」が今年も開催決定! 「未来というコモンズ」をいかに再生できるのか。その可能性をめぐり、豪華登壇者陣が集結! SZメンバーには大幅割引あり!>>詳しくは特設ページへILLUSTRATION BY NICK BURTON
STOCKHOLM
ストックホルムのスタートアップは世界クラスの教育とエンジニアリングの才能というふたつの確固たる基盤をもっている。
サステイナブルなバッテリーの開発を通じて時価総額39億ドル(約4,330億円)を達成し、ストックホルムの大成功企業の仲間入りを果たしたノースヴォルト(Northvolt)や、完全電気駆動のC-7ボートを擁して米国進出を果たしたカンデラ(Candela)に続けとばかりに、数多くのストックホルム発スタートアップがインパクトを残そうと努力している。インスタカート(Instacart)のスウェーデン版と呼べるヴェンブラ(Vembla)やヨーロッパでカメオ(Cameo)のライヴァルになろうと目論むメンモ(Memmo)などを筆頭に、食品、気候、健康、ビジネスなどの分野で数多くの斬新なアイデアが生まれ、壮大な実験が行なわれている。
「ストックホルムは世界クラスの無料教育から恩恵を受けていますし、優れた工科系の大学があって、数多くの偉大な才能を輩出しています」と語るのは、AI教育スタートアップのサナ・ラブズ(Sana Labs)のCEOを務めるジョエル・ヘラーマークだ。「また企業の数に比べて才能ある人材の数が多いので採用が容易ですし、クラーナ(Klarna)やスポティファイ(Spotify)で経験を積んだエグゼクティヴの数も増えています。そうした要素が組み合わさって、ストックホルムはテック企業を始めるのに最高の場所のひとつに成長したのです」
ヴォルタ・グリーンテック(Volta Greentech)
スウェーデンのストンゲネス岬にあるリューセヒールに建てた500平方mの工場内で、紅藻のカギケノリ(Asparagopsis taxiformis)が養殖されている。牛に飼料のサプリメントとしてカギケノリを100g与えると、その生物活性成分がメタンの生成を抑え、放出量を80%減らす。ヴォルタ・グリーンテックはストックホルムにあるラボで窒素源などのさまざまな条件を研究している。その結果、リューセヒールでは1万5000リットルのタンクでカギケノリを養殖することが可能になった。「わたしたちは海水と廃熱を利用して複製可能な海藻工場の青写真を開発しています」と言うのはCEOのフレデリク・オーケルマンだ。2500万ユーロ(約32億円)を調達し、21年夏に商用工場の試験運用を行なう予定の同社は、秋には二酸化炭素排出量削減のお墨付きを得た最初の製品をリリースする予定だ。voltagreentech.com
エニワン(Anyone)
「5分ある?」と言うフレーズが、1対1の音声電話アプリ「Anyone」を開発したエニワンの出発点だった。20年に設立された同社は、「アドヴァイス問題」を解くことを目標にしている。CEOのダーヴィド・オルリクによると「わたしたちは、文脈を正しくセットすれば、自分で考えるよりもはるかに多くのことを短時間で成し遂げることができる」そうだ。
招待制のエニワンは通話時間を5分に制限し、価格はアドヴァイザー自身に決めさせる(その20%をエニワンが徴収する)。反響は? ビジネス、キャリア、メンタルヘルス、長距離ランニング、ガーデニングなど、狭い範囲に特化したアドヴァイザーたちの助言を得ようとする人々が殺到し、順番待ちリストは1万人を超えている。
現在、録音サーヴィスの開発中で、無料の電話メンバー、個人サブスクリプション、あるいはバンドルなどのサーヴィスも検討している。「あなた個人に4人か5人の外部顧問団がいると想像してみてください」。電話で相談した者がアドヴァイザーになることも考えられる。「人々は自分がたくさんのことを知っている事実に気づくでしょう」とオルリクは言う。 callinganyone.com
グレース・ヘルス(Grace Health)
月経管理アプリはスタートアップ界で目新しいものではないが、グレース・ヘルスは一歩先を進んで、世界初のアクセス可能な女性用デジタルヘルス・クリニックを提供している。月経周期の追跡とアドヴァイスを提供するフェイスブック・メッセンジャーのチャットボットとして生まれたグレース・ヘルスは、いまでは5.3MBという低ストレージで機能する、女性を対象にしたAndroidアプリに成長した。同アプリはナイジェリアでは健康関連アプリとして最大のダウンロード数を誇り、ケニアとガーナでも第2位の座につけている。
以前は健康管理アプリ開発会社のライフサム(Lifesum)で研究開発部長を務めていた共同創業者のテレース・マンヘイマーによると「この地域では妊娠にも避妊にも強い関心がある」そうだ。将来的には遠隔医療支援も提供する予定だが、ひとまず22年中にはオーディオガイドによる健康支援、ユーザー同士を結びつけるフォーラム、そして必要に応じて男性のパートナーもディスカッションに参加させる仕組みを実装する予定だ。 grace.health
カーブ(Curb)
カール・テンベリとフェリペ・グティエレスは暗いキッチンを透明にしたいと考えている。ストックホルムとコペンハーゲンにある4軒のデリヴァリー優先キッチンで9種類の「フードコンセプト」を提供することで、「2035年に一緒にコーヒーを飲むとはどういうことか?」という問いに答えを見つけようとしている。テンベリはデータと効率の向上に意識を向けている。また、半自動化にも関心があるが、その一方で同社はキッチンスタッフとの団体労働協約も結んでいる。「労働基準を引き下げて利益を増やすのは間違ったやり方」だからだ。 curbfood.com
ティミコ(Teemyco)
リモートワークの大手企業はオフィスの賑わい──ティミコCEOのシャーロット・エーケルンドの言葉を借りれば「一体感」──を演出する技術をまだ確立していない。ティミコの仮想オフィス(WindowsとMacに対応、モバイル版は開発中)はすっきりしていて、ルームの出入りが自由で、ヴィデオのみに切り替えたり、トランシーヴァー機能を使ったりなど、カスタマイズが可能になっている。「わたしたちは4つの国に住む10人のチームですが、実際に会ったことはありません」とエーケルンドは言う。 teemyco.com
オフ・スクリプト(Off Script)
「人は会社ではなく人を信頼する」と語るのは、インフルエンサーが直販ブランドの仮想インヴェントリーからわずか数分で独自のショップを構築できるようにする仕組みを開発したソーシャルコマース・スタートアップ「オフ・スクリプト」の共同創業者であるポントゥス・カールソンだ。オフ・スクリプトは販売ごとに20%から25%の手数料を徴収する。そのうちの2/3がクリエイターの手に渡る仕組みだ。次のステップとして、市場をヨーロッパ全域と米国に拡大する計画を立てている。 offscript.io
サナ・ラブズ(Sana Labs)
パンデミックのさなか、コロナの治療および予防に従事する2000の病院に勤める8万のヘルスワーカーがサナ・ラブズのAI支援型スキル向上および再教育プラットフォームを利用した。「わたしたちは利用時間を37%減らしながら、学習者の98%で学習効率の向上に成功しました」とCEOのジョエル・ヘラーマークは説明する。1800万ドル(約20億円)を調達したシリーズAラウンドののち、同社はノバルティスおよびアムジェン、そのほかテクノロジー企業、eコマース会社、あるいは家具メーカーなどとも協力体制を築いている。現在、やる気を高め知識の定着を促す学習アシスタントを開発している。 sanalabs.com
ストックルド・ドリーマリー(Stockeld Dreamery)
おいしい植物性チーズの製造競争において、ストックルド・ドリーマリーの第1号商品でありフェタチーズに似た「チャンク」が注目を集めている。2年間の開発機関を経て製造が始まったチャンクは、エンドウ豆とソラ豆に企業秘密のフレーヴァーを加えて発酵させた製品で、13%のタンパク質を含有する。チャンクはすでにストックホルムにある数軒のカフェで販売されていて、いわゆる裂けるチーズのような「スプレッド」や熱で溶けるタイプの「メルト」の開発も進んでいる。研究開発部長のアンヤ・レイスナーによると「どちらも、とても有望なプロトタイプが完成している」そうだ。 stockeld.com
ラッシー(Lassie)
「初のペット用予防保険を提供するという考えからラッシーは生まれました」と同社の共同創業者であるヘッダ・ボーヴェルード・ウルソンは説明する。初期投資家から集めた資金とiOSおよびAndroid用アプリを用いて、ラッシーはネコとイヌの飼い主に焦点を合わせ、パンデミック後のペットブームに期待を寄せている。ユーザーはペットを健康に保ち、典型的なけがを防ぐ方法などといった健康のヒントやワクチン情報などを定期的に受け取る。そうしたデータがリスク・プロファイリングモデルを構築するため、同社は保険の割引を提供することが認められているのだ。 lassie.co
リーティファイ(Leetify)
eスポーツゲーマーはすでにカーソルの中央にリーティファイをしっかりと捉えているに違いない。19年にリリースされた同社のAIコーチングツールは、すでに5万人の月間ユーザーを抱えている。なぜ人気なのだろうか? もちろん、みんなプロになりたいからだ。リーティファイはユーザーがCS:GOをプレーする様子を解析し、ポジショニングから射撃時の反動のコントロールにいたるまで、あらゆる弱点を洗い出し、実行可能なアドヴァイスを提供する。共同創業者のアンダーシュ・エークマンは、ユーザー向けにeスポーツチームとのマッチングやゲーム内での練習機能などを提供し、対象ゲームの数も増やすことに努めている。 leetify.com